最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)91号 判決 1952年2月19日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
上告代理人矢部善夫、同江川六兵衛の上告理由書は末尾に添えた別紙のとおりであり、相当錯雑重複しているが、便宜二点三点一点の順序で分析判断する。
(一)論旨は、本件家屋については月村と西堀との間に賃貸借関係が存在したのであつて、月村と西堀との賃貸借の有無及賃借人西堀と居住者頴川との関係が転貸借かまたはその他の法律関係かは、頴川の明渡により月村が右家屋につき占有権を取得したかどうかの判断上重要な問題である、そして右の賃貸借成立につき月村は第一審においてした自白を原審において取消し、山田らはこれに対して異議を述べた、然るに原判決がこの賃貸借関係について何らの判断を与えなかつたのは、審理不尽理由不備の違法あるものだ、というのである。しかし原判決は、頴川が本件家屋に居住して直接にこれを占有していたこと、頴川の明渡により所有者たる月村にその占有が移つたこと、然るに山田らが不法にその占有を侵奪したこと、を認定し、従つて山田らは月村に対し本件家屋の明渡義務あり、としたのであつて、右の判断には何らの違法も認められず、本訴請求の当否の判断としては以上を以て充分である。(占有訴訟であるから本権の判断は必要でない。以下の論旨についても同様。)
(二)論旨は、頴川の退去によつて賃借人たる西堀は従来の間接占有から直接占有を回復し、さらに山田らに留守居として本件家屋の使用をさせたのであるから、賃貸人たる月村は山田らに対し明渡を求める権利はない、もしそういう権利があるとするならば、転借人が転借家屋を賃貸人に直接に引渡すによつて賃借人の権利は常に侵害されることになり、甚だ不当である、と主張する。しかし、月村と西堀との間に賃貸借が、そして西堀と頴川との間に転貸借または占有補助の関係が存したという事実は、原判決の認定しないところであるばかりでなく、かりに右三者間に論旨主張どおりの法律関係が存在したとしても、転借人から賃借物の占有を直接に賃貸人に返したからと言つて賃借人の権利が失われるものでなく、論旨は理由にならない。(以上論旨第二点)
(三)論旨は、西堀は本件家屋を月村から賃借して使用人の宿舎にあて、頴川は西堀の使用人としてこれに居住していたのだから、頴川は西堀の占有補助者(占有代理人)として直接に右家屋を占有し、西堀は頴川を代理人とする間接占有者であつた、そして頴川が退去して直接占有を失つたによつて西堀が当然に直接占有者になつたのだ、と主張する。しかし原判決は、昭和一九年七、八月ごろから同二一年三月三日当時までの間本件家屋の直接占有者は頴川であつた事実および昭和二一年三月三日月村は頴川から右家屋の明渡を受けその直接占有者となつた事実を、それぞれ証拠によつて適法に確定した。論旨は結局前記右原判決の適法な認定を非難するものにほかならぬ。
(四)論旨は、頴川の退去後家屋内に西堀の所有品の残つていた事を西堀が占有を有する根拠とし、また頴川の退去後月村が右家屋を釘附けしたとしてもそれによつて直接占有が頴川から月村に移転したと認めることはできない、と主張するが、それらについては原判決が反対の認定判断を下したのであつて、その認定判断が実験則に反しているものとは思われない。(以上論旨第三点)(なお論旨第一点に対する判断参照)
(五)論旨は、原判決が本件家屋に山田らが入り込んだ当時その占有が月村に存していたと認定したことを非難し、月村には当時占有権の要素たる「体素」が欠けていたと主張する一項目として、右家屋の玄関を釘附けにしたのは、月村ではなくて、西堀だ、と主張する。しかし原判決はその反対の事実を適法に認定している。
(六)論旨は、かりに月村が玄関を釘附けしたとしても、玄関には西堀の標札がかかげられていたのだから、それは西堀のため事務管理としてしたものと見るべきだ、と主張する。しかし玄関に西堀の標札がかかげられていたという事実は、原審の確定しなかつた事実である。かりに頴川の退去後西堀の標札がかかげられており、その状態で月村が右家屋の釘附け等をしたからとて、必ずしも月村が西堀のために事務管理を開始したものと認めなければならない理由はなく、さらに一歩をゆずり、論旨主張のとおり事務管理を認むべきだとしても、そのゆえに月村に右家屋の占有がなかつたとは言えない。
(七)論旨は、月村は右家屋に錠をかけてその鍵を所持するとか標札や貼紙などで月村が現に占有することが第三者にもわかるようにしておくとか、いうような方法を講じなかつた、と指摘する。しかし、さような手段を執らなかつたからとて、必ずしも所持なしとは言えない。
(八)論旨は原判決が認定したところによると、右家屋の裏口には外部からの侵入を防ぐに足る何らの措置も講じてなかつたというのだから、たとい月村方が隣家であつても、所持があつたとは言い得ない、と主張する。しかし月村方が隣家であるため、問題の家屋の裏口を常に監視して容易に侵入を制止し得る状況であり、現に山田らの侵入に際し月村の妻女が制止した事実を原判決が認めたような次第であつて、月村に本件家屋の所持があつたと言い得る。
(九)論旨は、かりに月村が頴川の明渡によつて本件家屋を所持するに至つたとしても、それは賃貸人として賃借人たる西堀のため一時的管理をした-すなわち西堀のためにする意思を以て所持した-と解すべきで、従つて「自己ノ為メニスル意思」なく、占有権の要素たる「心素」を欠く、と主張する。しかし、月村と西堀との間に賃貸借があつたかどうかは、(二)に述べたとおり、原判決の認定しないところであるが、かりに所論の様な賃貸借が有つたとしても、そのゆえに月村に「自己ノ為メニスル意思」がないとは言えない。
(一〇)要するに原判決認定の事実によれば、月村は昭和二一年三月三日、当時の占有者頴川から本件家屋の引渡を受け「自己ノ為メニスル意思ヲ以テ」これを所持し、その後同月七日山田らによつて占有を奪われるまでその所持を継続したものであるから、当時月村に本件家屋の占有権があつたとした原判決の判断は正当であり、何ら所論のごとき違法が存しない。(以上論旨第一点)
よつて、以上の論旨いずれも理由がないから、民訴四〇一条八九条九五条により、主文のとおり判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)